鹿鳴館サロン
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官能文学辞典

   その一. 序文
   その二. 「読まなかった」
   その三. 「解剖ごっこ」
   その四. 「覗いていたもの」
   その五. 「お馬さんごっこ」
   その六. 「小部屋」
   その七. 「映画の記憶」
   その八. 「記憶している性癖」
   その九. 「消えた雑居ビル」
   その十. 「卒業アルバム」
   その十一.「特別編」
   その十二.「祖父の家」
   その十三.「ラジオ放送」
   その十四.「路地」
   その十五.「記憶から消えた女の子」
   その十六.【未定】

 


読まなかった

  繊維工場の地下倉庫、そこで、主人公の女は自分を誘拐した犯人に言う。
「これが女を誘拐した凶悪犯の態度なの。もっとちゃんとしてよ。縛るなり、叩くなり、犯すとかだってあるんじゃないの。指を切って送るとか、それが誘拐なんじゃないの。恨みがあるんでしょ。私の身体で恨みをはらすんじゃないの。しっかりしてよ。これじゃあ、私、可哀想な被害者になれやしない」
  誘拐されながら、被害者の女は自分をていねいに扱う犯人の男にイライラとさせられていたのだ。
  そのシーンを読んでいたときに、私はクラスの優等生に話しかけられた。
「あなたも本が好きなの」
  私は本なんか好きじゃない。小説を読むのはめんどうだし億劫だ。でも、あんたのような善人顔の女友達との付き合いよりはいいと思って本を読んでいるんだ。そう心の中では思ったものの私は何も答えなかった。何も答えない私に彼女は学校指定図書のような小説の話をしてきた。国語の先生に誉められようとして読むよな小説だった。
「私、そういうの好きじゃないんで」
「じゃあ、どういうのが好きなの。今、何読んでるの」
  反応してしまった私が悪いのだろう。彼女は女独特の無遠慮さで私の本を取り上げようとした。私は本を机の中に入れ、少し彼女を睨んで言った。
「私、こうやって友達ごっこするのが嫌いなの」
  どうせ先生に言われて、あまりクラスに馴染まない私に気をつかおうとして話かけて来たのだろうが、その正義が私の精神を逆撫でするのだ。
  その後、どうなったのか、その彼女の名前は何だったのか、そんなことは忘れてしまった。ついでに、その小説の主人公がどうなったのかも忘れてしまった。ただ、作家名と小説のタイトルはよく覚えていた。よく覚えていたはずなのに、その小説はこの世からなくなっていた。その作家の別の小説を全部読んでみたが、私の知る、そのシーンはどの小説にも出て来ない。作家の名を勘違いしているのかもしれないと、タイトルや内容を頼りに探したりもしたのが見つからなかった。
  最近では、小説だけでなく、あの小さな事件さえなかったことのようにも思えてきた。
  しかし、私だって誘拐されたのなら、縛られたいし、犯されたい、と、ありもしない小説の主人公の女に対する共感だけは、今も心の棘となって残っているのだ。





















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