鹿鳴館サロン
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官能文学辞典

   その一. 序文
   その二. 「読まなかった」
   その三. 「解剖ごっこ」
   その四. 「覗いていたもの」
   その五. 「お馬さんごっこ」
   その六. 「小部屋」
   その七. 「映画の記憶」
   その八. 「記憶している性癖」
   その九. 「消えた雑居ビル」
   その十. 「卒業アルバム」
   その十一.「特別編」
   その十二.「祖父の家」
   その十三.「ラジオ放送」
   その十四.「路地」
   その十五.「記憶から消えた女の子」
   その十六.【未定】

 


路地

  路地とは不思議なものである。世界中には、路地からはじまる物語りが数多くある。そして、私にも路地に関する不可思議な思い出があまりにも多くあるのだ。 
  路地に関する不可思議な体験の中でも、もっとも印象的なものは、路地の先の銭湯のことだ。 
  私が子供の頃には、まだ、家庭用の風呂が普及していなかったので、銭湯はいつでも混んでいた。小学校のクラスの中にも家風呂のない子供は何人もいた。そんな時代の話である。 
  私は消極的であまり友達がいなかったので、しばしば、校庭の隅などでぼんやりとしていることがあった。その時、上級生たちが覗ける銭湯の噂話をしていたのだ。何となく場所が分かった。銭湯は小道の商店街に面したところにあったのだが、裏側の小道から、さらに町工場と町工場の間の大人一人がやっと通れるぐらいの路地から入って行けば、銭湯の裏に回り込むことができ、その壁の一部の壊れたところから女湯が覗けるという話だった。私はその話から彼らがどこの銭湯のことを言っているかが分かったのだ。 
  銭湯も小学校も地域に根付いたもので、その銭湯は同じ小学校の女の子たちも利用しているのだ。銭湯を覗けばクラスの女の子の裸も見ることができるかもしれない。私はそう思った。 
  その日の夕刻、私は銭湯に周り込めるはずの道に行ってみた。路地はまだ陽があるというのにすでに薄暗かった。 
  私はもうひとつの噂を思い出した。その路地の向こうには頭のおかしい老人がいて、これが通りに人が来ると刃物を持って追い回すという噂だ。その後に分かることなのだが、これはいわゆるその後に問題になる地上げに反対する地主のことが、そうした噂になったものらしかった。 
  路地に近づくと喚き声がする。私は急に怖くなった。覗きたい、でも、怖い。二度目に路地に近づくと、今度は犬の吠え声が聞こえた。通りを歩く気味の悪い男に睨まれた。ついに怖くなって私は路地に入ることができなかった。 
  次の日も私は路地の前に立ったが、自分が刃物を持った男に追い回されるところを想像して、ついに路地に入ることができなかった。 
  それから数日が過ぎ、私はその銭湯に自分が好きだった女の子も通っていることを知ることになる。好きな女の子の裸を見ることができるなら、死んでもいいように思えた。逃げ足には自信もあったし、まさか子供を本当に刺したりはしないだろうとも思った。 
  覚悟を決めて路地を目指したのだが、路地は見つからなかった。路地の入り口があった場所を何度も確認した。町工場はあったが、工場は住居と接触していて隙間はない。 
  思えば、その路地が銭湯の裏に通じているという核心もなかった。そもそも、校庭の隅で聞いた上級生たちが話をしていた銭湯がその銭湯かどうかも分からなかったのだ。 
  しかし、あの日には、確かに路地はあったのだ。その入り口に私は立ったのだから。 
  もし、あの日、あの路地に入って行ったら私はどうなったのだろうか。あの路地の先には何があったのだろうか。 
  私は今でもときどき、あの路地の夢を見る。 
  この話をある覗きマニアにしたとき、その覗きマニアにも同じ経験があると言われた。路地の様子、覗ける銭湯、同級生も入っている、路地の手前で喚き声や犬の声が聞こえてそれに怯えて入れなかった、と、私たちの体験には多くの共通点があった。 
  さらに不思議なことに、この同じ体験話を私は、その後、何人もの人間から聞くことになるのだ。 
  路地とは不思議なものである。





















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