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官能文学辞典

「都会の底で」 —砂場の客— 【執事】

 


「好きだって言ってたじゃないか」
「好きだったの。でも、もう好きじゃなくなったの。あなただって、好きだったサッカー止めたじゃない」
  そんなことと恋愛が同列に扱われていいのだろうか。私は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。飲まずにはこれ以上、聞いていられないと思ったのだ。ビールは手で持つのが辛いほど冷えていた。
「どうするんだよ。今度のコンサートチケット」
「一人で行ってくれる。あるいは誰か可愛い女の子でも誘えばいいでしょ」
「俺がモテないの知ってるくせに。別れるのは仕方ないとして、ドンデンのコンサートぐらい一緒に行けばいいじゃないか」
「ごめん、私、ドンデン好きじゃないから。あなたって、本当に鈍いのね。あなたに合わせてドンデン好きを演じてだけよ。だいたい女なんてそんなものよ。ああ、ジンギスカンね、あれも実は嫌いなの、それから泳ぎもしないのに海を見に行くのは退屈だったのよ、ずいぶん我慢させられてた。あとあと、女はみんな遊園地が好きだと思わないでね、私は嫌いなの。遊園地行くお金で高級レストランに行きたいほうなのよ。ついでだから言っておくけど、花よりお酒、ぬいぐるみより服だから。あなたも、もう少し女を研究したほうがいいわよ。お金はあるんだし、見た目だってそんなに悪くないんだから」
  彼女は笑って電話を切った。好きな男に合わせていた趣味と好みは、男を好きでなくなったら、いっさい興味を失うものらしい。サイドボートにはワールドカップの試合会場で彼女と一緒に撮った写真が飾られている。満面の笑みだ。あの時には歴史に立ち合えるとか、すごい感動とか言っていたのだが嘘だったのだろう。何しろ、彼女は最後に言ったのだ。
「サッカーをやっているあなたを好きになったって言ったけど、本当はお金持ちだったあなたを好きになったの、私、スポーツ興味ないから」
  私はサイドボードの写真を見ながら携帯から登録済みの番号に電話をした。私だって、彼女に何もかもを打ち明けていたわけでもない。嘘もたくさんあったのだ。
  電話の相手はすぐに出た。慣れた明るい声の男だ。
「はい、チャイルドパークです」
「砂場さんの指名で、それで、あのう、少し相談があるんですけど」

 

出典『都会の底で』サロンアンソロジー 鹿鳴館出版局

 


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