【残り香】
  なんて美しく風情のある言葉だろうか。
  喫茶店にいると、モデルか、あるいは元モデルか、いつかモデルになるだろう女性がトイレに入って行った。そして、けっこうな時間、出て来ない。
  これは、と思い、私は次にトイレに入る権利を獲得するためにドアの前に立った。権利は積極的に獲得しなければならない。しかし、なかなか出て来ない。楽しい時間は短く感じるはずなのに長く感じる。いや、長すぎる。膝がしびれ、立っていることに限界を感じた。このままでは倒れてしまう、今回は諦めるか、と思った、ちょうどそのときドアが開いた。
  間近で見ても美しい女性である。
  トイレに入り、残り香を。香水の匂いしかしない。香水とはなんとも無粋なものである。肝心の残り香を消してしまうのだから。

スペース




【ノーパン喫茶】
  妄想を楽しむ目的で作られたこの喫茶は、その後、流行とともに実際に見る楽しみが加味されるようになり、衰退してしまった。妄想は現実の前に常にかき消されてきたという官能の歴史を物語る事例のひとつである。

 
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