【ぬりかべ】
  江戸の末期、娘が用を足していると何やら気配が。時刻は丑三つ時、恐々と振り返ると、壁に目があるではないか。娘は、悲鳴を上げようにも、何しろ、下半身が晒されたままでは恥ずかしい。じっとガマンして厠を出る。
  目のあった壁を見たが穴などない。
  その話しを友達にすると、なんと、次々と似た話しが出てきた。中には、用便がガマンできずに路地で用を足したら、そこにあるはずのない壁が突然、現われ、そして、その壁には、確かに目があったと言うものまであった。
  娘たちは、これを壁の妖怪だと言うようになった。まだ、用足しを覗きたい人間がいるということのほうが、妖怪がいるという話しより信憑性の薄かった時代の話しである。
出典 『妖怪は変態』 山口師範著 鹿鳴館出版局

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【ぬりかべ(そのニ)】
  幕末の頃、江戸では奇妙な噂が流れていた。それは、年頃の娘たちが生きた壁を見た、あるいは、壁に襲われたという噂だった。
  材木問屋の娘のトキは、夏の夕刻に高い塀の内側にタライを置き、行水していた。軽く汗を流すだけのつもりだった。すると、高い壁が自分に向かって来るような錯覚があり、驚いて壁を見つめると、その壁と目が合ったのだ。トキは驚いてそれを嫁に行った姉に伝えた。姉はちょうど里帰りしているところだった。
  この姉は江戸でも評判の美人だった。姉が行水をはじめると確かに壁は動く、目もある。しかし、気丈な姉は次の日も行水をした。すると、壁はついにこの姉に襲いかかってきたのである。姉はあやうく壁の妖怪に押しつぶされそうになった。
  これが江戸のぬりかべ妖怪の噂の発端だった。
  姉が逃げ出した後、壁の後ろには、たくさんの足跡があったことは、そこにいた男ども以外は誰れにも知られることはなかった。
出典 『妖怪は変態』 山口師範著 鹿鳴館出版局

 
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