-->
鹿鳴館サロン
鹿鳴館について コンセプト 初めていらっしゃる方へ system イベントカレンダー イベント報告 サロン日報 トップページへ

SM小説

鹿鳴館

 



鹿鳴館サロンの窓

 サイレンの音が鳴り響いた。消防車がサロンのあるマンションのそばに集まっているらしい。まさか同じマンションで出火しているというわけではないだろうが、飛び火ということも考えられる。
  私はその夜、一人しかいない女性のお客に声をかけた。少し窓を開けて外の様子を見てもらおうと思ったのだ。
「だめなの」
「えっ」
  窓を開けてと頼んで断られたことはなかった。これまで、女性には多くのことを断られてきた。胸のホックを外してとか、パンツを下げてとか、深夜の一人住まいの部屋のドアを開けてと言えば、たいていは断られた。通りすがりに「オチンチンを見てください」と、かなり丁寧に頼んでもやはり断られた。しかし、窓ぐらいなら、たいていの女性が開けてくれる。
「私、自分で窓を開けることができないんです。窓を開けると、おかしなものを見てしまうんです」
  私は一瞬、ドキッとした。そんな女性がいることにではない。それが私も経験するところのものだったからだ。
  はじめは、中学の時だった。勉強に疲れ、部屋の空気を入れ替えようと窓を開けたら、その向こうに銭湯の大きな窓が見えたのだ。当時の私の部屋は二階だったが、銭湯はかなり下のほうに見えた。大きな窓の一部が少し開いていて、そこからは洗い場を歩く全裸の女たちの姿も見えた。
  自分の家の隣には銭湯などありもしないのに、そんなことを忘れて私は窓から身を乗り出した。身を乗り出すと、もう、そこは見慣れた裏路地だった。すべては幻覚だったのである。
  しかし、その幻覚はそのときだけに終わらなかった。その後は窓を開ける度に何かの幻覚を見ることになった。楽しそうだが、決して楽しいばかりではない。
  高校生のときには、ビルから飛び降りようとする人を目撃してしまった。喫茶店のトイレの小さな窓を開けたときだった。私はあわてて店を飛び出したが、そこには飛び降りる人どころか大きなビルさえなかった。
  しかし、しばらくは、その人が日本のどこかのビルから飛び降りたような気がして気分が悪かった。そうした不快な幻覚もあるのだ。いや、むしろ不快な幻覚のほうが多かった。
「窓を開けると、目の前が戦場だったり、ラブホテルだったり」
  彼女の話しは私のそれとまったく同じものだった。
「楽しそうに遊ぶ子供たちがいて、話しかけていたら、近所の人に心配されたとか」
「ありました。でも、どうして知っているんですか」
「私も見るからですよ。窓を開けたら一面が雲のようなフアフアの綿で覆われていて、思わずシティホテルの七階の部屋の窓から飛び降りそうになったこともありますよ。幸い、窓は開いても、人が出られないスペースで止まるものだったので助かりましたが、全開するタイプだったら、危なかったかもしれません」
「私もあります」
  彼女は椅子からその身を乗り出した。よほど同士を得たことが嬉しかったのだろう。
「拘禁反応というのがあります」
「こうきん、反応」
「長く監禁などされていると、脳がさまざまな幻覚を作るようになるんですよ。つまり、自己防衛本能が精神を退屈させないようにするわけです。その中に、窓の外に別な世界があるかのような幻覚を見るというのもあるそうです。つまり、自分は別の世界にいると錯覚させることによって、現実の辛さを軽減させようとするのでしょうね」
「でも、私は監禁なんかされたことないわ。優しい両親に育てられたし、普通の女の子と同じような恋や性の悩みはあっても、幻覚を見なければならないほどのことはなかったと思う」
  私もそうだった。しかし、私は自らこの拘禁反応を研究し、ひとつ分かったことがあった。それは、自分の過去も幻覚になっている可能性があるということなのだ。過去の記憶を自己防衛本能が勝手に書き替えているかもしれないのだ。
  そう女の伝えると、女はしばらく考えて、言った。
「そう言えば、おかしなことがあります。私、二十歳のまでの記憶はわりと鮮明なのに、それ以後の記憶には、辻褄の合わないことが多いみたいなの」
  私は三十歳からだった。
「ねえ、拘禁反応というのは、二人に同時に起きたりもするの。たとえば、私が窓を開けたら、執事さんも同じ光景を見るの」
「それはないと思います」
  彼女は立ち上がり、窓を開けた。私には見慣れた街の風景が見えた。彼女には違っていたらしい。
「もし、いっしょに窓を開けたらどうなるの」
  面白い試みだった。二人の欲望が同じ幻覚を見せるのだとすれば、これは興味がある。もし、二人して違う光景が見えるなら、それもまた興味がある。
「やってみましょう」
  私は彼女が窓にかけた手に自分の手を重ねた。二人は手だけでなく、身体も密着した。男の欲望が沸き起こった。下半身が熱くなる。欲情しているのである。たかが窓をいっしょに開けるという行為にこれほど欲情するものだろうか。
「いい」
「ええ、開けましょう」
  二人でゆっくりと窓を開けた。いくつかの目が見えた。生物の目だ。しかし、その生物が何なのか私には分からなかった。彼女も同じものを見ているのだろう。不安そうな顔で私を見つめた。幻覚であることは分かっているので、恐怖というほどのことはない。
「見つめられてますね。私には分かります。これは私の幻覚ですよ。私には、露出癖がありましたから、こうした無数の好奇の目に欲情するのです。これは私の幻覚で、あなたは私の影響で同じものを見ているのだと思います。もっとも、本当に同じものかどうかは分からないわけですが」
「あの、私も見られるのは好きなんです。皆の前で惨めにお仕置きされることで、興奮するんです」
「それなら」
  私は乱暴に彼女の服を脱がせた。そして、窓に向かってその尻を突き出させた。
「いや、見られてる。恥ずかしい」
「もっと、恥ずかしいところを見られるんですよ。その尻を叩かれて、嫌というほど泣くんです。そして、お漏らしまでしてしまうんですよ」
「失禁するまで許されないのですね」
「もちろんです」

 その日の夕刊に私たちの記事が掲載されていた。
『地球生物エスエスとエムエムは今日も、エスエスの熱愛行動があったものの、エムエムがそれに答えず交尾にはいたりませんでした。絶滅が危ぶまれる地球生物なだけに早く赤ちゃんの誕生が見たいと、今日も宇宙動物園には多くのファンが集まりました。エスエスが交尾に失敗すると、集まった多くのファンからは落胆の声も漏れました。しかし、関係者はこの数カ月のうちには、交尾にいたる見込みと、自信をもって話しています。来年には、地球生物の赤ちゃんを見ることができるかもしれません』




鹿鳴館出版局

     

 


官能文学辞典
プレゼント文庫

鹿鳴館宣言

妖怪変態論

緊縛図鑑

性異常事例辞典
書評

文章実験室課題

風景違い

小説「窓」

感想会私的書評

感想会私的書評

鹿鳴館の歴史