鹿鳴館サロン
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官能文学辞典

   その一. 序文
   その二. 「読まなかった」
   その三. 「解剖ごっこ」
   その四. 「覗いていたもの」
   その五. 「お馬さんごっこ」
   その六. 「小部屋」
   その七. 「映画の記憶」
   その八. 「記憶している性癖」
   その九. 「消えた雑居ビル」
   その十. 「卒業アルバム」
   その十一.「特別編」
   その十二.「祖父の家」
   その十三.「ラジオ放送」
   その十四.「路地」
   その十五.「記憶から消えた女の子」
   その十六.【未定】

 


お馬さんごっこ

  女王様という職業は私にとって天職でした。男を支配している、男の身体を玩具にしている、そう思うだけで私は濡れてしまいます。仕事のときには予備の下着を何枚も用意しなければならないほど、私は本気で興奮してしまうのです。
  鞭も、縛りも好きです。でも、もっとも好きなのは乗馬でした。私が淫乱な女王様で人間馬が好きだと言うと、たいていの男たちは顔面騎乗が好きなのだろうと思うようですが違います。別に、顔面騎乗が嫌いというわけではないのですが、私はやはり男の背に乗りたいのです。 
  男の背にアソコを擦りつけることは私にとってどんな素敵な男とのセックスよりも興奮する行為でした。 
  私がいつものように仕事で男の背に跨っていたいたときのことでした。興奮した私の頭にひとつの光景が過ぎったのです。 
  不思議な部屋でした。白いベッド、白いタンス、白いカーテン、和室をインテリアで無理に北欧風にしたような部屋、その部屋で私は全裸の男の背に跨っていたのです。 
  それは奇妙な感覚でした。部屋に対する他の記憶はいっさいないのです。私の下にいる全裸の男に対する記憶もありません。そもそも、その男の背にいる私は今の私なんです。しかし、私は、その記憶が幼い日のどこかにある記憶だということを知っているのです。ただ、それが何歳の記憶だったかは思い出せないのです。 
  記憶は仕事で私が男の背に跨る度に鮮明になって行きました。部屋にあった乗馬鞭、大きな壁掛け時計、紅茶の匂い、タンスの中のたくさんのスーツ。男が私にくれるビスケットの味まで思い出したのですが、男の姿も自分の年齢も、そして、その部屋が誰のものだったのかも思い出せません。
  私は男の背で興奮し過ぎてオシッコを漏らしたことがありました。そこまで思い出したのです。それ以来、私は仕事でM男の背にいるというのに、自分がオシッコを漏らしてしまうのではないかという恐怖で、いつものようには興奮できなくなりました。 
  幼い私の前で全裸になっているというのは異常な男です。それがただの「お馬さんごっこ」でなかったのは明らかなことです。しかし、幼い頃の私の周囲にそうしたことのできるような男はいませんでした。また、ああした趣味の部屋を持つ知り合いにも心当たりはありませんでした。 
  記憶は不確かなものです。あれは私の幼い妄想であって体験ではなかったのかもしれません。 
  最近は、こんなことを思うことがあります。私はあの記憶を取り戻そうとして女王様という仕事をしているのかもしれないと。そんなことがあるはずがない。私の性的な趣味なんだ、と、思えば思うほど、その思いは強くなります。 
  最近では男の背に乗るのが少し恐くなっているほどです。





















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