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祖父の家 |
絶縁していた兄弟が親の葬式だからと十数年ぶりに集まったところで、なごやかにことのはこぶはずもなく、通夜の席で酒が入るやケンカとなった。
当時の私は大学に入りたてで、そのケンカに口を出せる身分でもなく、また、それを無視して眠れるほど子供でなかった。私は祖父の家を出て近くの公園に向かった。絶縁状態になる以前、私がまだ小学四年生ぐらいまでは、よく祖父の家には泊まりに来ていたのである。その頃、よく従姉弟たちと遊んだ公園があった。公園は小川のそばにあり、隣は山で人気がなかった。
単線らしい線路を渡り、小川の横の工場らしい大きな建物の塀沿いに歩くとその公園があった。公園は十数年前に見たままだった。ただ、少し小さくなったようには感じた。
私はその公園の砂場らしいもののそばのベンチに腰を降ろした。
砂場は私が幼い頃に来たときにはすでになくなっていた。この周囲には子供も少なく、また、人気のない公園は物騒だったからなのか、あまり利用されることがないまま、砂場の砂はなくなり、土に変わったその場所に雑草が茂っていた。
街灯もなく、山が光を遮るからなのか公園は真っ暗だった。
それがゆえに、遠くにあるタバコの火が近づいて来るのがよく見えた。親戚の誰かが、やはり、あのもめごとに嫌気をさしてやって来たのだろうと私は思った。
人の姿がぼんやりとだが若い女だと分かったぐらいのところで、幼少時代の呼び名で私は呼ばれた。声に覚えはなかったが、誰だかはすぐに分かった。
幼い日に、この公園でいっしょに遊んだ一つ年上の従姉弟だった。
彼女は子供の頃から愛らしい容姿をしていたが、そのまま美しい女になっていた。ただ、くわえタバコで歩いて来るぐらいだから、決して上品に育ったというわけではなかったのだろう。
この公園のこの場所で私ははじめて女のオシッコを見たのだった。その相手が彼女なのだ。祖父の家では二人で部屋に閉じこもり、しばしば性器を見せ合いもした。あの頃に私が見たものとは別の裸が今はあるのだろう。胸も十分に膨らんでいる。あの頃は少しばかり膨らんだ胸をエッチだと思ったものだが、今はどう思うのか。私にしたところで、あの頃に彼女に見せたものとは違うものを持っている。裸は見せ合っているものの、お互いにまったく別の裸を見せ合っている。そのことが奇妙に感じられた。
しかし、彼女にはそんな話をするわけにも行かず、そんな話は忘れているかのようにお互いの近況など他愛も無い話をした。
お互いの性器を見せ合った祖父の家の小部屋の話が出たときでさえ、私たちはそこでスパイごっこをしていたのだという話だけをした。
そのとき、私たちはほぼ同時にひとつのことに疑問を抱いた。あの部屋は何のための部屋だったのかということだった。布団部屋を持つほど祖父の家は大きくはない。しかし、客間にしては狭過ぎるように思えた。部屋には古い木の机と無数の座布団だけが置かれていた。
そして、さらに私たちは不思議になった。私たちは二人とも、あの部屋が祖父の家のどこにあったのか分からなかったのだ。その部屋が二階にあったということまでは二人の記憶は一致していた。小さな窓があったが、窓の外には大きな木があって景色は見えなかったという記憶も一致していた。
しかし、今の祖父の家にはそれらしい部屋はないのだ。私の家は絶縁され、あれ以来、私は祖父の家には来ていなかったが、彼女のほうはあれから何度も祖父の家には泊まりに来ていたということだった。しかし、彼女は、今の今まで、あの部屋のことはすっかり忘れていたし、あれ以後、あの部屋を見た記憶がない、と言うのだ。建て替えしたという話もない。
彼女は祖父の家ではなく、どこか別の親戚の家を勘違いしているのではないかと言って、その話を終えてしまった。
私は、あの部屋で性器を見せ合い、この場所で彼女がオシッコをして私に見せた、その記憶もちゃんと一致しているのかを知りたかったのだが、そのことはついに切り出せないまま、葬式が終わると再び絶縁状態となった父親のせいで、私たちは二度と会うことがなくなった。
それがゆえに、それからさらに三十年が過ぎた今では、祖父の家そのものさえ本当に存在していたのかどうか分からなくなっている。従姉弟の存在さえもが幻のように思えるのだ。
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鹿鳴館出版局
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