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官能文学辞典

性の違和感のはじまり

 性に関する話というものは、語られているようで語られてこない。猥談というものはどこにでもあるかもしれないが、それは、異性の品定めであったり、一般的なセックスの自慢であったりするだけで、性的興奮の深奥についての話などは、まあ、そうそうされるものではないのだ。
  それがゆえに、私はずいぶんとながい間、自分は性に関しては、他人よりも旺盛ではあるが、異常だとは思ってはいなかった。
  はじめて自分が他の同じ年齢の男たちと違うと感じたのは中学一年の時だった。夕暮れを過ぎて暗くなった小さな公園で私たちは恋愛話をしていた。恋愛話といっても、誰は誰が好きらしいという他愛もないものだった。もちろん、そうした話に興味がなかったわけではない。そうした話はそれはそれで十分に私にも興味のあるものだった。
  そのとき、いっしょにいた友人が公園から少し路地を入ったアパートの二階を意味ありげに指差した。見ると、曇りガラスの窓に肌色のシルエットが写っていた。曇りガラスであるから、かろうじてそのシルエットが女と分かる程度で、それが若い女なのかどうかさえ分からなかった。しかし、シルエットで豊満な胸や大きなお尻の様子は見てとれた。
  私は興奮した。その女が何をしているのかが気になった。窓に横向きに立っている。髪を撫でたりしている様子が分かった。
  いっしょにいた友人たちも最初こそ興奮したが、彼らはすぐに飽きてしまった。乳首の色まで見えるわけではない。陰毛までが見えるわけでもない。髪の黒は分かるのだが、腰にある黒いものなどは写らないのだ。さすがに中学生で性に興味津々の頃だといっても、他の男たちは、そんなものでは興奮はできなかったのだろう。
  しかし、私には、そうした友人たちが意外だった。私の妄想は広がった。あの女は誰かの命令で強制的に全裸で立たされているのだと思った。女の向こうには男がいて、その男に羞恥の細かな部分まで見られている。足を広げるように強制されるがそれができずにいる。
  私はいつまでもそこにいたかった。ところが、友人たちは、あっさりとそこを移動した。移動してどこに行ったのかの記憶はない。
  私は、その翌日も、翌々日も、そこを訪れた。女は再び、そこに全裸で立った。今から思えば夜の商売の女で、店に出る前にシャワーを浴び、鏡の前で髪でも梳かしていたのだろう。しかし、私はその窓によって、いつまでもいつまでも妄想を楽しめた。

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