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官能文学辞典

テーマ小説「境界にあるバーにて」 —課題—

 

 大通りには駅前から高層のテナントビルや大手企業の本社ビルなどが並び建っていた。メインストリートにはオシャレなデパートや高級レストランもあるが、一本裏通りに入ると、それらビルの裏側になるからだろうか道は閑散としていた。一方通行の道はメインストリートの渋滞を避ける車でいっぱいだが歩道には人が少ない。
  たいていのビルが裏にも出入り口を持っているが、それらも寂れて見える。
  そんな道の中ほどに、巨大なビルとビルの間に入る道がある。大人一人がやっと通れるぐらいの道で、まるで二つのビルが領有権を争った結果、お互いが妥協して作った線のようにも思える細い道。その道は数十歩も歩くと行き止まり、行き止まりには階段がある。当然のことだが階段も道幅同様に狭い。階段は地下に通じ、三つの踊り場を持っている。その地下がどれほどの深さかはその踊り場の数から想像できるだろう。
  下まで降りると古風な日本家屋のドアがある。引き戸なのだ。
  それを開けると、小さな池があり、池には木の橋がかかっている。飛び越そうと思えば飛び越せないこともない小さな池の橋を渡ると、打ち寄せる波のようにうねったカウンターに辿り着く。カウンターは横に長く、二十人近くの人が並んで座るだけなのにもかかわらず、その長さにはずいぶんと余裕があった。カウンターのこちら側にある椅子は、普通のカウンターバーなどにある簡素なものではなく、しっかりと身体を沈みこませることのできるほどゆったりとしたもので、深く座ると隣に座る人の横顔を見ることもできない。それがゆえに、この店には二人以上で来ることは薦められないし、実際、この店に二人以上で来るお客もいないように思えた。
  二つのビルの間の狭い階段を降りて入ったのだが、その店が左右いずれのビルの地下にあるのかは分からなかった。
  長いカウンターの後ろのスペースは狭い通路や階段とは裏腹に人がそこを歩くのには十分な広さがあり、なお、長いとはいえカウンターしかないような規模の店であるにもかかわらずトイレは店の左右いずれにもあったから、トイレに向かう人に椅子の背を揺らされることはなかった。
  店は静かで音楽もないのだが、バーテンとお客の話す声は不思議と聞こえなかった。
  きちんと正装した二人のバーテン。男のほうは初老の紳士で女のほうは二十代と思われる長身の美人だった。二人とも常に笑みを浮かべているのが決して愛想のあるほうではなかった。

  私が深い椅子に腰を降ろすと初老のバーテンがこの三年間少しも変わることのない笑みで私を迎えてくれた。


【課題】

  あなたは、この店のお客です。次のルールでこの話しの続き、つまり、椅子に座った後のあなたのことを書いてください。
  ルール
・この文章中から最低二つ以上の記述を使用して、この店にあなたがいるのだということを読み手に分かるようにしてください。
・店についての記述はこの文章にあることだけを使用してください。他の人と矛盾の起こりそうな新しい記述はしないでください。ただし、バーですから、お酒やコーヒーやタバコというバーにありそうな小道具を使用することは自由です。
・バーテンとの会話は自由ですが、バーテンの特徴を出すような会話をしてはいけません。
・基本は、この風変りなバーで酒を飲み、考え事をしたり妄想したり、悩んだり、遊んだりする様子のみを書きます。
・この店についてのいっさいの記述なしに、この店の本質を表現できれば、それが今回の課題の成功です。解答はありません。解答は読む人がするのですから。

追記

  主人公であるあなたが、勝手にこの店について、二人のバーテンについて想像したり、推理したりすることは自由です。いえ、むしろ、そうした主人公の空想こそがこの遊びを面白くするのです。

 

出典『境界にあるバーにて』サロンアンソロジー 鹿鳴館出版局

 


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