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官能文学辞典

窓と灯り(その1)

 鉄筋三階建てのその建物は工場のようにもアパートのようにも見えた。一階部分は高い塀のために見えなかった。二階には部屋の窓と思われるものがいくつかあった。小部屋なのでアパートのように思えた。工場の二階に従業員が下宿しているのかもしれなかった。
  その向こうには小さな車道を隔てて中学校の校舎があり、駐車場にさえなっていない荒れた空き地を挟んで私の部屋があった。空き地を隔てているというのに、鉄筋の建物にも私の部屋にも陽はあたらなかった。いったい、どちらが北でどちらが南かも分からないような場所だった。
  鉄筋の三階部分は二階部分よりも幾分小さく、窓が角のところにひとつあるだけだった。二階部分にある窓には貧相ながらカーテンがかかり、ときには雨戸が閉められたりしていた。陽はあたらないが洗濯物が干されているのを見ることもあった。
  ところが三階のその窓にはカーテンはなく、雨戸が閉まるところも見たことがなかった。その窓以外の場所には窓がないから人が住むような部屋ではないのかも知れないが、それにしては夜の十一時になると決まって電気がつくのだ。黄色い安いっぽい灯りである。
  私の部屋は二階だったので、その部屋の中の様子は分からなかった。
  十一時までは部屋は暗いから誰かがその時間に電気をつけているのは確かだった。しかし、しばらく眺めていても人の気配はない。そして、灯りは一晩中消えることがない。その部屋の灯りは朝の陽の中にすっかり溶け込むまで、うっすらとした暗さの中でも、まだ、光を放ち続けているのだ。
  いったい、そこにどんな部屋があるのか気になった。私は数ヶ月の間、その部屋を観察し続けたのだが状況は変わらなかった。電気がつかないこともなければ、深夜に電気が消されることもなかった。私の見るかぎり十一時前に電気がついていることもなかった。
  あまりにも気になってその建物を見に行ったことがある。高い塀に囲まれているが門には扉がなかった。中に入ろうと思えば容易に入ることができそうだった。しかし、扉のない門の中には無造作に巨石がころがり、その巨石の間に錆付いたトラックがタイヤさえ持たずに置かれているのを見ると、その中に踏み込む勇気は持てなかった。そう遠くないところに鉄筋の建物の入り口も見えた。学校の下駄箱のような簡素な入り口で、錆付いた自転車と何に使うのか分からない道具が二つ三つあった。その道具も錆付いていた。人のいる気配はなかった。それどこか、その建物を人が利用している気配さえなかったのだ。
  しかし、二階の部屋には人が住んでいることは明らかだったし、三階の部屋にも毎夜電気がつくのだ。
  入ってはいけない、私はそう思った。
  入れないまま、私はしばらくその部屋を眺める生活をしていた。そこには一年ぐらい暮らしただけで私は引越してしまうことになる。引越しの理由は仕事で一緒になった風俗嬢と暮らすためだった。秋田から家出して来て、風俗店の寮に住んでいた彼女は私に名義を貸りることができればアパートを借りることができるのだと言った。そして、名義だけでなく、お金は全部出すから一緒に暮らして欲しいと私に言った。私と暮らしたかったのではない、彼女は寮から出たかったのだ。寮生活よりは私との生活を選んだ、と、それだけだった。
  だからというわけでもないのだろうが、私たちは気が合わなかった。一緒にいてケンカをするというわけでもなかったが、話も合わず、生活はギクシャクとしていた。
  そんなある日、私は引越して来る前の部屋から見た、あの不思議な窓の話を彼女にした。他に話すこともなく、重い沈黙を破りたいがためのことだった。

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