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官能文学辞典

性の違和感と窓

 窓が性を刺激してくれる、この感覚は同じ年齢の友人たちとは相容れないものだったらしい。それ以来、私は自分の性的興奮について話をすることをためらうようになった。
  窓について、もうひとつ、こんなことがあった。
  高校生のとき、当時から変わり者で成績もよくなく、スポーツもできず、ケンカも強くない私は、女というものには、まあ、人気がなかった。ところが、面白いもので、変わり者ゆえに興味を持ってしまう女というのはいるもので、なぜか、私には彼女というものがいた。
  もちろん、こちらにとっては、もう、本当に数少ないチャンスであるから、これは大事にする。懸命にすがりつくようにして交際する。デートも何も無理をする。女が好きなことの全てを自分も好きだったと主張する。
  その女は海が好きだと言っていた。私は海など好きではなかった。潮の匂いが鼻につくし、日焼けが何より嫌いだったからだ。それに京浜工業地帯に育った私にとっての海は不衛生の代名詞のようなものでしかなかったのだ。
  しかし、女に合わせて私も海が好きだと言って、よく、二人で海を見に行ったものだ。海は嫌いだが女といるのは楽しかった。
  そんなある日。私は七里ガ浜の海に面したところに小さな洋館のあるのを見つけた。洋館は二階建てだが二階の上に屋根裏部屋でもあるのか三角屋根の小さな出っ張りがあり、そこに小さな窓があった。
  私はその窓に釘付けになった。洋館というだけで少しの妄想を私に与えている。その上、天井裏の小部屋に小さな窓なのだ。
「ああいう窓っていいよね」
  私はエロティックな妄想を隠して女に言った。
「窓が何なの」
「いや、あの窓の向こうにはどんな部屋があって、そこでどんな人がどんな生活をしているのか、どんなふうにその部屋を利用しているのか、そんなことを考えるのっていいだろう」
  あくまでエロティックな部分を隠して伝えた。しかし、それでも女は理解してくれなかった。
「あなたの言うことって、やっぱり難しい。本当に変わってるんだね。私、やっぱり普通の人がいいみたいなの、ついていけないの」
  女はその日を境に電話にも出てくれなくなってしまった。
「あんな家に日本で住めるヤツなんか悪いヤツに決まっているんだから、そいつがあんな小部屋を造る目的なんて誘拐した女を監禁するぐらいしか考えられないだろう。監禁された女が、たった今、この昼日中から男にありとあらゆる辱めを受けてるって想像したら、そりゃ面白いだろう」
  と、いっそ、そう言って嫌われればよかった。そう後悔してみるものの、私はその日を境に、さらに自分の性癖については隠すようになった。自分にとって当たり前と思うようなことさえ言わなくなった。私は、それまでも暗く無口なタイプだったのだが、それからますます暗く無口になっていったのだ。

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