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官能文学辞典

テーマ小説「境界にあるバーにて」 ー第二夜ー 【ミーヤ】

 

 手元の時計を見るとちょうど21時だった。
「スティンガーをお願いします」
深く座ると隣に座る人の横顔を見ることができない程の椅子に身を沈めながら注文した。相変わらずバーテンとお客の話声さえも聞こえない静かな店内だった。お酒を待っている間、ご主人様の言いつけをおさらいするため目を閉じた。
  突然、甲高い足音が耳に入った。私は目を開けて視線を移したが、すぐに後悔した。一人の女がこちらに向かって歩いてくる。尖ったヒールのパンプスを履いていて、膝上丈の黒いフレアスカートに襟口が大きめのグレイのボートネックニットを着ていた。一見地味な服装だが、スタイルの良さと端正な顔立ちがそれを払拭していた。鎖骨の綺麗な女だった。髪が肩の高さで切りそろえられており、一本たりともそれ以上でも以下でもないくらい完璧に見えた。お酒を口にする前に、ご主人様の仰っていた通りの女が来てしまったのだった。女は私の席の後ろで立ち止まり、
「こっちよ」
と事務的な口調で言うと、店内に設置されているトイレの方に進んで行った。店には左右いずれにもトイレがあって、女が向かったのは左の方だった。私は椅子に荷物を置いたまま女の後を追った。ご主人様の言いつけを守るために。
  先を行く女の正面にドアが現れ、女がそのドアを開けて私が先に入るよう、首をかしげて促した。女の前を通り過ぎる際、何となく軽く頭を下げた。私の後を追って女も入り、ドアを閉めカチャリと鍵をかけた。入口の横に設置されている洗面台の上に、ひょいとその軽そうなヒップをあげて女が座った。両手を洗面台につけ、少し前かがみ気味の姿勢でまつげをバサバサと上下させながらじーっとコチラを見ている。私はこういう目が苦手だった。何が起こるのか怖かった。ご主人様には女の言われた通りにするように言われていた。女がまだバサバサを繰り返している。私はいたたまれなくなって視線を下に落としたり、右へ左へを繰り返した。すると女はぶらぶらと行き場を失くしていた両足をヒップと同じ高さまで上げ、洗面台の鏡に背をあてて身体を支え、ちょうどM字開脚になるような姿勢をとった。女の白い太腿とヴァギナが露になった。下着はつけていなかった。
  私は突然の女の行動に驚きと恐怖を隠せず、声一つ出せなくなっていた。太腿が白すぎるせいなのか、ヴァギナが普通では考えられないくらい赤く腫れているように見える。心臓の鼓動が早くなり、手に汗が滲んだ。私が突っ立ったまま動かないでいると、
「もっとこっちへ来て」
と言った。さっきよりも強い口調だった。正直この場所から早く出ていきたかったが、ご主人様の言いつけは守らなければならない。この女が口にする事は全てご主人様の言いつけである。私はおずおずと女に近づいた。近づけは近づくほど、ヴァギナがどうして赤いのか嫌というほどわかっていく。一気に血の気が引き、気持ちが悪くなって目を逸らしていた。
「よく見て!」
目を逸らしたことがバレて女がさらに強い口調で言った。私は視線を女の股に戻したが明らかに顎は引けていて、嫌悪感が剥き出しになっていた。
  女のヴァギナは封印されていた。ピアスとも言っていいような気もするのだが、状態から言って貞操帯という言葉が一番合っていた。左右の大陰唇に3つずつ14ゲージくらいのビーズピアスがはめられ、さらにその6つのピアスがチェーンで靴紐を縛るように締め上げられていた。チェーンの両端は端のピアスに繋がれていた。一体どこが始点なのかよくわからなかった。綺麗に飾られているのだが、やはりヴァギナの状態を見ると、ところどころ血が滲んでいるわ、瘡蓋があるわでかなりのグロテスクさだった。何よりも酷く臭っていた。ろくに洗うことができないのか、獣のような臭いや酸味、そしてメスの匂いが混じり、酷く鼻を刺激した。嗚咽が堪えきれず無意識に両手で鼻と口を押えていた。女が私を嘲笑うかのように言った。
「よく見て。次は貴女の番なのよ」
驚いて視線を上げた。女は変わらずバサバサを繰り返していたが、先程とは違って赤い唇がニヤリと歪んでいた。私の首筋は汗で湿っていた。
  怖くなって部屋を飛び出した。扉を出た瞬間、目の前にご主人様が立っていて、カタカタと震える私を両手を広げて迎えてくれた。私はその腕の中に飛び込んだ。
「ちゃんと言いつけを守れたようだね」
私は首を縦に小さく2度振った。ご主人様は私の両肩を持って胸から離し、私と目の高さを合わせて衝撃的な事を口にした。
「いい子だね。では、始めよう。次は君の番だ」
言葉が理解できなかった。背中が一気に熱くなり、逃げようにも掴まれている力が強すぎて動くことさえできない。私は涙目で訴えたが応えては貰えなかった。半泣き状態の私を余所に、ご主人様はアイスピックを取り出して光にかざした。
 恐怖心が最高潮となった私には、もはや主も従も関係なくなっていた。逃げようとする私を押さえつけようとご主人様の手が勢いよく私に振り落とされた。
カタン!
  音に驚いて私は顔を上げた。アイスピックで割った氷の破片が床に落ちたのだった。手元の時計を見ると時刻は21時10分。どうやら夢だったらしい。頼んだスティンガーのグラスにはつくはずの無い大粒の滴がまとわりついていた。私はほっと胸を撫で下ろしつつも、額の滴をハンカチで拭いていると、氷を割る手を止めた男のバーテンが、
「お疲れなんでしょう。スヤスヤと気持ちよさそうだったもので、起こさずにおりました」
「すっすみません」
「いいんですよ。お気になさらずにゆっくり傷を癒していってください」
そう言ってまたアイスピック先を氷に振り落とし始めた。
  稀にみる怖い夢に私の心はまだ落ち着いていなかった。スティンガーを取ろうと少し体を前にかがめたとき、私の体は硬直した。先程までの私の身体とは明らかに違っていた。閉じた太腿の奥に金属の冷たさを感じた。そういえば下半身が熱を持っている気がする。鼓動だけが身体中に響き、私は心の中でご主人様の名前を呼び続けていた。

 

出典『境界にあるバーにて』サロンアンソロジー 鹿鳴館出版局

 


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