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官能文学辞典

テーマ小説「境界にあるバーにて」 —第三夜—【ぱらさ】

 

偶然、この店の噂を聞き、疑いつつも足を踏み入れた3年前のあの日。
私は、苦悶の日々を過ごしていた。

何もかも、SM禁止令のせいだった。
今から10年近く前、巷にはSMが溢れていた。

「俺、ドMだから」

“ドM”と言う言葉に一種の魅力があるかのように、日常会話の端々にその言葉が使われていた。
瞬く間に、“ドM”を中心にSM産業は一大産業へと成長していった。
やがて、出る杭は打たれるのごとし、PTA党が政権を握るや、マニュフェストの公約通り、SM産業の規制が始まった。
最初は、SMクラブやM性感など、SMプレイを提供する店舗への締め付けだったが、やがて、SMサロンやフェティッシュBAR,、SM雑誌やSMビデオ、ついにはSMボーイスカウトや、ドM囲碁クラブまで規制の対象となっていった。
SMについての会話さえ、禁止された。
そして、巷からSMが抹殺されてしまった。

ニコチンもタールもフリーなSEVEN STAR ZEROを口に咥えると、初老のバーテンは無言のままガラスの灰皿をカウンターに置いた。
味も何も無くなったタバコに火を付け、紫煙をくゆらせる。今やこれも高級品だ。このタバコ1本で昔なら1カートン買えた。
私の右、5つくらい先の椅子からも、紫煙が昇っている。タバコを吸っているところから察するに、私と同年代くらいだろう。男性なのか女性なのか、どんな風貌なのか。椅子に深く腰掛けているらしく、その姿は確認できない。
こんな店だから、このプライバシーがちょうど良い。

「今日は鞭について話が聞きたいんだ」
オーダーしたグラスを目の前に差し出したバーテンに話しかけると、
「バラ鞭ってのがありましたね。あれ、全然痛くないんですけど、派手な音がしてね。それに慣れない女王様でも簡単に振れるもんだから、入門編としてはお勧めでしたね。よくM男が大袈裟に痛がるフリをして、S女を喜ばせたりしてましたよ」
と、初老のバーテン。

他の客もSMの話をしているに違いないのだが、不思議と他の客の声が聞こえない。

鞭の話を聞いていて、唐突に気になった。
この店がひっそりとオープンして10年になるらしい。
それより前、目の前のバーテンは何をやっていたのだろう?
聞いて良いのか悪いのか、私はバーテンに訪ねてみた。

「この店をオープンする前も、やはりSM関係の仕事をされていたんですか?」

すると、初老のバーテンは、私の背中越しに入口近くの池を見るとは無しに眺め、
「さぁ。昔のことは忘れましたからね」
と答えた。

私は納得して、初老のバーテンお勧めのカクテル“ダメニンゲン”を胃に流し込んだ。

 

出典『境界にあるバーにて』サロンアンソロジー 鹿鳴館出版局

 


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