「都会の底で」 —店長— 【詩織】
ギラギラとした真夏の西日が、部屋の窓から照りつける。酷い暑さに目が覚めた。
また、あの夢だった。いつもの夢だ。
全身にかいた寝汗が気持ち悪い。一週間くらい前からエアコンの調子が悪くなっていたが、面倒なのでずっとそのままにしていた。それがいけなかったのかもしれない。
枕元の時計を見ると、午後の三時だった。そろそろ起きて、店に出勤する準備を始めなければならない。私が雇われ店長をしているSM風俗店「チャイルドパーク」は、夜七時からの営業だった。
慢性的な倦怠感が、全身に枷のように絡みつく。最近、なんだか身体の調子が悪かった。寝汗もそのせいかもしれない。
締め切ったワンルームの部屋には、昨夜の性の腐臭がまだ飽和していた。万年床の隣には、店の風俗嬢のブランコが全裸で寝息を立てている。
昨夜、閉店後に無理やり食事に誘い、そのまま部屋に連れ込んだのだ。最初はかなり嫌がっていたが、店をクビにすると脅かしたら、最後は素直についてきた。
最近いつも連れ帰っている砂場が体調を崩してここ数日休んでいるので、お蔭で三日もセックスできず、性欲が爆発しそうだった。
ブランコはなんか不感症っぽいイメージがあって正直あまり好みではなかったが、この際贅沢は言ってられない。脅したり、優先的に客を回すと甘いことを言ったりしたら、最後は自分から裸になってシャワーも浴びずにフェラチを始めた。結局は三回もセックスをしてしまった。
全裸のままブランコの身体を跨ぎ、トイレに向う。便器に跨って、溜息をついた。
ゆっくりと頭を振る。酷い二日酔いの時みたいに、頭の中で蝉の声が鳴り止まない。
「ちくしょう。まただ」
さっきまで見ていた夢が蘇ってきた。夢の中ではいつだって、私はあの時のままだった。
三十五年前の夏休み。夕暮れ時のあの小さな公園には、洪水のように蝉の声が溢れていた。そして十歳だった私の周りには、男女九人のクラスメイトがいた。
クラス一の美少女の美由紀は、いつだって一番後ろで彼女の指定席の木馬に腰掛け、黙って静かな笑みを湛えていた。だけど実際には暗黙の了解ってやつで、みんなを仕切っていたのは彼女だと私にはわかっていた。
クラスで一番背の高い浩一が、ウンテイに私の身体を押し付けて言った。
「裸になれよ」
男の子達の残忍な笑い。人間って生き物は、いつだって生贄を求めている。男の子達の陰に隠れて、女の子達もクスクス笑っていた。
「もう許してよ」
私はチラチラと美由紀の顔を盗み見ながら、恐る恐る言った。軽蔑、嘲笑、そして嫌悪。美由紀の美しい視線が、醜い私をまっすぐに射抜く。
私はいつものように、ズボンと下着を一緒に膝まで下ろした。陰毛が生えているのも、亀頭が包皮から露出しているのも、クラスの中では私一人だった。
中年のようにぶよぶよと太った醜い私に相応しい、中年のように嫌らしい性器。それを美由紀がじっと見ていてくれる。
「ほら、いつもみたいに気持ち悪いやつ、出せよ」
浩一から死刑宣告を受けた私は、固く目を閉じると、ゆっくりとペニスを扱き始めた。すぐに泣き出したいくらいの快楽が、ドロドロになって肉体の内側に溢れ出す。下半身に力を入れておかないと、身体中の穴という穴から、それが零れ出してしまいそうになる。
目をしっかりと閉じていても、美由紀の視線をはっきりと感じた。私の手が暴走する。
「あうっ!」
あっという間の射精。周りのクラスメイト達が声を上げて後ずさる。その間も私は醜い身体を痙攣させながら、ドクドクと射精を繰り返す。
「私、もう帰る」
美由紀の冷たい言葉に、全員が敬礼でもしたかのように順応していく。シーソーから女の子が降りた。砂場に体育座りしていた女の子も立ち上がってお尻の砂を払う。
美由紀が木馬を降りる時、ミニスカートの裾が捲れて、一瞬真っ白な太腿が露になった。残像が脳裏に焼きつく。
腑抜けのように口を半開きにしたまま放心状態でいる私に、吐き捨てるような視線を残してみんなは駆け出した。誰一人として振り返りはしない。
夕暮れ時の公園。取り残された私。美由紀の太腿の白さ。美由紀の視線。蝉が鳴いていた。
風俗店の開店時の面接で、美由紀にちょっとだけ似た女を見つけた。私は迷わず、彼女に木馬という源氏名を付けた。
木馬にだけはまだ手を出していない。きっとこれからも、そうすることはないだろう。
出典『都会の底で』サロンアンソロジー 鹿鳴館出版局
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