「都会の底で」 —ウンテイ— 【pino】
窓から見えた空は今にも降り出しそうに黒い雲に覆われ始めていた。
舌先が、触れるかどうかの微妙な距離を保ってカリをなぞる。
男の息が少しづつ熱をおびてくるのを感じながら、フルートを奏でるように
唇ではさみ舌をあてゆっくりと上下に舐めあげる。右手は宝石を手にするように
袋を包み込み指先で優しく撫でる。そして、喉の奥深くまで咥え、嗚咽を漏らし、鼻水と涙を
垂らしながら激しく上下運動を繰り返すとやがてこの男は昇天する。
「おい、今日の服は地味なんじゃねえのか」煙草を咥えながら、赤ペンを手に男がいう。
「そんなんじゃヤリたくならねぇよ」
「もっと肌を出して刺激するんだよ。世の中の男なんて、女の裸を見ただけで興奮するんだからよ」
駅まであと五分という頃に、露出した肌を大粒の雨が叩き出した。
駅までの裏路地は人もまばらだ。コンビニへ逃げ込む学生。鞄を頭に走るサラリーマン。曲がった腰を起こし
空を見上げる老婆。手にしていた傘を老婆に無言で差出し、ゆっくりと駅まで歩いた。
今日はみゆきの誕生日だったなぁ。おもちゃ屋さん開いてる時間に帰らなきゃ…
また、あの店長に嫌味言われるんだろうなぁ。
昨夜のみゆきの喜ぶ顔を思い出していた。
みゆきは私が守る。絶対に、あの子だけにはこんな思いをさせてたまるか。
私達を捨てて逃げ出したあの女を許さない。
今、ありったけの力を込めて噛み切れば、この男は死んでくれるだろうか。
慈しむ様に父のチンコを咥えながらそんなことを考えていた。
窓から見える空は昼だというのに星が輝いていた。
出典『都会の底で』サロンアンソロジー 鹿鳴館出版局
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