それは昔、昔のことだった。
小僧が昼寝から目覚めると、隣から美しい声が聞こえてきた。小僧が密かに恋こがれる隣の若い未亡人の声だった。しかし、声はひそひそ声でよく聞き取れない。一緒に話す小僧の母の声、こちらはしっかりと聞こえた。
「水よ、水じゃなけりゃだめよ。煮たりしちゃだめよ」
聞き耳をたてるが未亡人の声はやっぱりよく聞き取れない。
「あんな大きいの怖いわ」
小僧にはそう聞こえた。
「今朝のでしょ。あれぐらいがいいのよ。水でぬらり(ぬめぬめ)となるから」
「袈裟来た坊主は、頭が大きくて恐ろしいわ。それに水にいたんじゃ、掴みようもないでしょ」
小僧にはそう聞こえた。
「それがいいのよ。ひょんな形になって、そこがいいのよ」
「でも、かたちがひょんになって、ぬらりして、つかみどころもなければ入らんて」
その後は、母の声さえひそひそとなって何を話していたのか分からなくった。
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翌日、小僧は仲間を集めて言った。
「本当にいるんだよ。妖怪だよ。川の中にいるんだ」
「嘘だあ。妖怪なんかいないよ」
「いるんだよ。全身がぬらりとして袈裟を着た坊主のように見えるんだけど、川から助け出そうとしても、手を掴んでも、ひょんと形が変わるし、抱きかかえようとしても、ひょんと形を変えるんだ。そうしている間に助けようとした人は水の中に入れられちゃうんだ。恐ろしいヤツなんだ。水の中に入ってそいつを見ると、ひょんな形で大きくて恐ろしいんだ」
「そんな妖怪いるもんか。じゃあ、なんていう妖怪なんだよ」
小僧は悔しかった。
「ぬ、ぬらりぬらり、ええと、ぬらいひょんって言うんだ」
そこに小僧の母が現れて、小僧の頭をおもいきり叩いた。小僧は大泣きした。それで、ようやく小僧の仲間も妖怪ぬらりひょんが恐ろしいヤツだと信じたんだそうだ。
出典『妖怪は変態』山口師範著 鹿鳴館出版局
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