「お母さま、誰にぺちゃぺちゃと舐められたのですか。どこを舐められたのですか」
女はドキリとした。昨夜、亭主がいないのをいいことに、久しぶりに泊まりに来ていた妹と密通話をしていたのだが、それを幼い娘に聞かれたらしいのだ。
「何がそんなに怖いほど大きくなったのですか」
女は自分の娘はまだまだ幼いから、まさか深夜に起きて話を聞いているとは思いもしなかったのである。
「お母さま、誰の口が裂けたの」
女は言葉に詰まった。しかし、幼い娘の追及は止まなかった。
「お母さまが引っ掻かれたの。叔母さまが引っ掻かれたの。そんなに深い傷になったのですか」
女は、神妙な顔になって、じっと娘の目を見つめた。そして、声を低くして語りはじめたのだ。 |
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「いい。これは叔母さまの家の近所で起きたことなのよ。その娘は昼間拾った子猫を親にないしょでこっそり飼おうとしたの。でも、うっかり飢えさせて殺してしまったのよ。そうしたらね。その猫が夜になったら、土の中から、こっそり抜け出して、行灯の油をぺちゃぺちゃと舐めたのよ。それを見つけた家の主が退治しようと刀を抜くと、猫は信じられないぐらい大きな化け猫に変身したのよ。その口は人の頭をひと呑みにするほど大きく裂けていたってことよ。それでも、主は怯まず切りかかったの、猫はギャーと言って、主の背中を引っ掻いたけど、そのまま逃げたそうよ。いい。どうして猫を殺してしまったその家の娘は助かったのだと思う。それはね。その娘は夜は早くに寝ていたからなのよ。もし起きて猫を見ていたら、きっと、子供なんて丸呑みにされたところだったのよ」
この話は、この後、子供を早く寝かしつけたい母親たちによって江戸中に広まったのだった。
出典『妖怪は変態』山口師範著 鹿鳴館出版局
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