雪解けでぬかるんだ地面は冷たく、そこに猿股一枚で寝転べば、まるで氷の上に全裸を押し付けたように感じられた。しかし、それでも男は怯まなかった。
木の壁はところどろに穴があり、ほの暗い湯殿を覗くには十分な大きさだった。湯殿からは、床ではじける水音が聞こえてくる。入っているのは嫁入り前の娘だった。
男はピチャリ、ピチャリと音を立てながら湯殿の周囲を這い回って、穴を見つけた。最初に見つけたのは腰ほどの高さの穴だった。そこに片目を押し付けると、男の望んだ裸がそこにあった。湯煙ではっきりは見えないが、いかにもやわらかそうな身体と嫁入り前とはいえ十分に膨らんだ胸。肌は湯煙と同じぐらい白かった。
もっと下が見たい。男はピチャリ、ピチャリと泥の上を這い回る。地面に顔を擦り付けたところに穴を見つけた。ところが、そこに娘は桶を置いている。桶さえなければ、まさにそこから娘のあの中央の茂みとその奥まで見えるに違いなかった。
男は穴から指を入れ、必死に桶をどこそうとしたが、しかし、指は届きそうで届かない。
自分の使う湯の音とは別の水音が娘には気になっていた。ピチャリ、ピチャリと外から聞こえて来る。獣が山から降りて来るにはまだ早い。それに、ときどき、ズルズルと奇妙な音も混ざる。ピチャピチャと屋根のツララが解け落ちているにしては早い音もある。
おかしいと思い壁を見ると、そこには何やら虫のようなものが蠢いていた。明かりとりの窓を開け外を見た娘は悲鳴を上げた。何しろ、娘は人間にしては妙にがに股過ぎる全身がまっ茶色の生き物が逃げて行くのを見たのである。 |
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「恐ろしい妖怪です。子供ほどの大きさなのに身体は豚ほどに太り、人間にはありえない土色の肌で、舌は蛇のように長く、その舌でピチャリピチャピチャと風呂の垢を舐めていたんです」
人間はその頃にはまだ、寒くて裸足で歩くのさえ辛い季節に、裸見たさで地面を裸で這う男がいるなどとは考えることができなかったのだ。そんな時代に娘がその男を妖怪と勘違いしたのも当然のことかもしれない。
ただ、奇妙なのは、この妖怪垢舐めは、娘の住む町だけでなく、日本の津々浦々で目撃されたということだった。
出典『妖怪は変態』山口師範著 鹿鳴館出版局
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