ワーワーと叫び声を上げて子供たちが川から逃げて来た。男の子も女の子も全裸だ。女の子の中には泣き出した子もいる。
大人たちが駆けつけたときには、しかし、川には何の異常もなく、子供たちを遊ばせておくための浅瀬では枯れ枝と藻がのんびりと漂っているだけだった。
「河童だよ。河童が出たんだよ」
「さっちゃんは尻子玉を抜かれそうになったんだ」
「背中に蓑を背負って、頭には皿を乗せてた。あれは河童だよ。さっちゃんが泣いたら、もんのすごい勢いで泳いで行った。鮒より早く泳いで行った。河童じゃなけりゃ、あんなに早くは泳げないよ」
大人たちは信じなかった。どうせ子供たちが狸でも見て驚いただけだろうと思って、大笑いしてお終いだった。
まさか名のある侍が裸になって髷をとり、背中に蓑をかぶって、枯葉の浮く浅瀬に身を潜めながら子供の裸を見たり、ときには子供の尻などを撫でるなどとは思いもしなかったからだ。
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そもそも、その頃には、まだ、子供の裸に興味のある大人がいるなどとは、誰も考えたりすることができなかったのである。ゆえに、ときどき子供が川で行方不明になったりすると、大人たちも、子供といっしょになって河童を恐れたりしたのである。
ただ、こんな話もある。浅瀬で遊んでいた子供が間違って深みに流されたとき、あわてた別の子供が大人を呼びに行っている間に河童が現れて子供を助けたというのだ。子供を襲う河童、子供に悪戯する河童、溺れた子供を助ける河童。こうして河童は良い者にも悪者にもなったなのである。
ロリータなんて小説が日本に来るのは、まだまだ、先の話だったのだから。
出典『妖怪は変態』山口師範著 鹿鳴館出版局
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