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【 事 例 】 |
(男性 五十ニ歳) |
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かじかむ手で小さな布に触れます。夜風に晒されて、その布もすっかり冷たくなっています。音をたてないように細心の注意をはらってピンチをゆるめ、私はその布を手に取ります。
ピンチから解放された瞬間、その布はほのかに女を香らせます。それは夜風に凍えながら私を待っている街角に立つ売春婦の持つものと同じ香りでした。周囲のことに気を配る余裕をなくして私はそれを鼻に押し付けます。女の年齢、美醜、知性、仕事、趣味などの情報が鼻を通して私の頭に入ってきます。いえ、入ってきたと思うのです。
真冬はここからがたいへんなのです。身体は硬く、手足の反応が鈍いので、高所から降りたり、壁をよじ昇ったりするときに事故を起こしやすいのです。私は小さな布をポケットにソッと入れると、いつもより慎重に、焦る気持ちをおさえつつ、ゆっくりと逃走します。
妄想がしばらく私を豊かにし、やがてその布は虚しい戦利品となって私の専用ケースに仕舞われ、おそらく二度と出されることがなくなるのです。
そうと知りながら、私は虚しい戦利品を集めます。なぜなら、その小さな布は確かに女ですし、私に対して口答えしたり、私をバカにしたり、私に不当な要求などしない素直な女だからなのです。匂い、ぬくもり、美しさ、愛らしさ、いったい、その布に女の何が無いと言うのでしょうか。
危険と知りつつ、私は今夜も女を捜しに出るつもりです。街角の売春婦などより、はるかに可憐な女を。 |